小説家になろうとしたきっかけ
もともと実家にはたくさんの本があった。世界児童文学全集が面白く、暇つぶしとして一通り読んだ。
初めて熱中して読んだのは『ドラゴンランス戦記』だ。小学四年生の頃、母が夏目漱石の『坊っちゃん』と抱き合わせで買ってきたものだ。母としては『坊っちゃん』によって子供の文学性を高めようという想いがあったのかもしれない。
だが、子供としては、『坊っちゃん』は何一つ理解できなかった。一方のドラゴンランス戦記は寝食を忘れるほど面白かった。
これは、トールキンの指輪物語を端緒とする欧米ファンタジー、その世界観を元にして創られた世界初のテーブルトークRPG、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の世界を小説化したものだ。
後年、『ロードス島戦記』から『スレイヤーズ』という流れで、日本のライトノベルブームを生み出すきっかけの一つとなっている。やがて爆発的なブームとなる日本の異世界系作品も、『ドラゴンランス』がその起点の一つとしてあると私は考えている。
それはともかく、その三巻を読んでいると、完全に自分の意識が小説の世界に入ってしまうという異様な体験を、小学生の私は味わった。四巻、六巻では、小説を読んで初めて涙を流した。
自然に、いつか自分もこのような小説を書こうという気持ちを抱いた。
幸いなことに、小学校の国語の時間では、教師に作文を褒められることが何度かあった。ここから『小説家になれるかも』という自信を得たが、同時に、褒められることへの執着も得た。 それは『一度、褒められたからには、次も褒められる作品を書きたい』という想いだ。
それがあって、私は次の作文に、前回の作文のデッドコピーのごときものを書いた。その執筆は何も楽しくなく、できあがった作品も、生気の抜けたつまらないものだった。
ここに後年のスランプの萌芽を感じる。また、人間の内発的動機の壊れやすさや、人を褒めて伸ばすことの難しさも感じ取れる。
だが、子供としての私は特に深く考えることもなく、『いつか素晴らしい小説を書くぞ!』という気持ちを心の隅に置きながら、北海道の田舎町で子供時代を過ごしていた。
町には自然が多く、どの角度で写真を撮っても夢のような風景が映る。しかし、その町の中で暮らす私は、その宝物のような自然の素晴らしさをほとんど自覚することはできなかった。
寂しさと厳しさと、勇壮さが同居した北の海辺で、砂浜に穴を掘った。そして、日が暮れると、夕日を浴びながら家路を歩いた。ポケットにねじ込まれた『魔獣戦記ルナ・ヴァルガー』の重みを感じながら。
文中に出てきた作品
以下、Amazonアフィリエイトリンクです。皆様のサポートに感謝します。