探偵部、ダンスパーティに出動す

 世の中には二種類の人間がいる。パーティが好きな人間と、嫌いな人間だ。もちろん私は後者だ。ドレスなんか着てるけど、こんなの本当は着たくない。ジャージを着て、家でゲームをやっていたい。

 しかしそんな訳にもいかないのだ。

『犯行予告。みんな楽しみにしてる卒業パーティで爆発物を爆発させます。知ってるかな? 爆発物の爆発を浴びると体がバラバラになるよ。体がバラバラになったら死んじゃうよ。死んじゃったらどうなるの? それは誰にもわからない。死んでみてのお楽しみだ! 無能な探偵部のみなさん、僕を止められるかな。僕の怨念は海より深いです』

 こんな手紙が部室の郵便受けに届いたのだから。

 さてさて。

 それは三日前のお昼休みのこと。

 その日、私は部室で卵ロールを食べながらゲームをしていた。

 ここ最近、私は教室でも部室でも自宅でも、ずっとゲームばかりやっていた。

 好物の卵ロールの味も良くわからないぐらい集中していた。

 私は独り言をつぶやいた。

「やはり集中力というのは人間の能力を高めるわね」

 部室のWifiを使った対戦での勝率がここのところ鰻登りに上がっていた。ネットの向こうにいる、顔も見えない誰か、その人が、次にどんなコマンドを入力するか、いやそれどころか彼の息づかいまでもが、私の極度に極まって集中した意識によってとらえられていた。

 だがそのとき……バーンと音を立てて部室のドアが開き、ちょっとしゃれたデザインのブレザーを着た一年生の男が紙切れを掲げて入ってきた。驚きのあまり、私はくわえていた卵ロールを吹き出した。セーラー服のスカートが卵まみれになった。

 私のセーラー服は、二世紀前の映像作品を模したものである。うちの学校は全部で千十七種類ある制服から好きなのを選べるシステムを誇っているのだ。ちなみに部室は部室棟に三百五十部屋あり、空いている部室を好きなように使ってよいことになっていた。全校生徒数は七十七人だった。

「そんなことより部長!  見てくださいこれを。犯行予告の手紙がポストに入っていました」バーンと音を立てて部室に入ってきた下級生、上高地が叫んだ。

「ごほごほ……ノックもせずに入ってくるのはやめてよ。ああびっくりした。なになに? 犯行予告?」

 私はやはり卵まみれになっているゲーム機の蓋を閉じると、上高地の手から脅迫状を奪い取った。上高地は抗議した。

「部長、そんな手で脅迫状を触らないでください。卵ロールで脅迫状がベタベタに。ここに何か犯人の手がかりがあるかもしれないのに」

 私は犯行予告状を床に投げ捨てた。

「別にいいじゃない。どうせ捜査なんてするつもりもないんだし、するにしても犯人なんて見つからないんだし、そもそも犯人探しなんて興味ないんだし。……私いつも思うのよね。ミステリ小説を好きな人間は頭が悪いか性格が悪いか、その両方かだって」

「じゃあなんで部長は探偵部の部長なんてやってるんですか!」

 上高地は怒ったようだった。この男は一年生のひよっこなのに、『探偵』とか『ミステリ』とかに関して、それらしい情熱のような何かを持っているらしい。

 そんなふうに特定の分野に、こだわりというか、ロマンというか、執着というか、そういう類のものを持っている上高地は、人間らしくて好感が持てた。なんなら私の処女をあげてもいいと思うぐらい。

 しかし恋愛にも発展せず、ミステリーにも発展しないのだ、 私の生活は。

 なぜなら!

「飽きちまったんだよバカやろう!」

 私は上高地に怒鳴った。

 上高地は冷静に答えた。

「そんな汚い言葉使わないでください」

「なにさ。上品に言えばいいの? あ、飽きちゃったのよ、バカやろう。バカやろう。バカやろう。ばかやろう!」

 バカやろうという言葉を上品に言い換えようとしたのだが、バカやろうはバカやろう以外にどう言ったらいいのかわからなくて、私は為すすべもなくバカやろうという言葉を壊れたように繰り返した。事実なにかが壊れている可能性は高い。

 上高地は私に哀れんだ目を向けた。

「部長。お願いです。あと三日で卒業なんですよ。それまでどうか、キャラを保ってください」

「うん。頑張る。頑張るけど……」

 もうダメな気がしてならない。

 そもそも自分がなんだったのかよく思い出せないし、この世界がなんだったのかもよくわからない。

 手元には謎のゲーム機と、犯人からの挑戦状がある。

 ゲームはまあ置いといて、卵まみれの挑戦状、これを手がかりに何かの捜査をすればいいみたいだけど、それが何のためになるのか、よくわからない。

 上高地は真面目な顔で言った。

 私は彼とどんな関係性にあるのかよくわからないけど、なんとなく信頼できそうな男が言った。

「もう部長は全体のことに気を使わなくてもいいです。その瞬間のことだけ考えててください。卒業前のイベントさえそれっぽくこなせば、きっとその後は新しい展開が待ってるはずですから」

「そうかしら?」

「そうですとも!」

 上高地は太鼓判を押した。

 疑いの気持ちが拭えなかったが、「うん、わかった、やってみる」と私は答えた。

 卒業パーティまでの三日間を、私達は全力を尽くして、探偵部としてそれらしいことをやることに費やした。

 探偵部らしいことと言えば、まず聞き込みだ。

 大勢の生徒に、犯人の心あたりについて聞き込みをした。いろいろなことがわかった。それを元に私は推理したが、なかなか犯人の尻尾をつかむことはできなかった。このままではパーティ会場が爆発によって火の海になってしまうと思われたパーティ当日。ぼさぼさ頭で目を血走らせて耳に赤ペンを挟んで徹夜の推理を続ける私と上高地はついにパーティ当日にすべての核心の糸口にたどり着き、犯人を止めるにはドレスを着てパーティに出席してダンスするしかない、その状況でしか犯人を見つけることができないと悟った。

 私は急いでボサボサの髪をとかし、ドレスのレンタルを頼み、ネイルサロンで爪も可愛くした。

 十本の爪にはそれぞれ何かの物語の一場面を表したらしい3Dアートがキラキラストーンと共に盛られていた。禍々しいイカ、ロケット、新宿、高山、狐、ロボット、魔法使い、アイドルのライブ会場、AK-47、こたつ、私はそのイメージたちを大事に指に抱えて巨大なパーティ会場へと駆け込んだ。そしてパーティが始まった。

 大勢の部長たちがそれぞれのドラマを抱え、無数の後輩たちとダンスをしていた。

 そのめくるめくスポットライトの奔流の中、光と影の織りなすダンスパーティの中、私はまだ自分が自分を保てているかどうか不安になり、タキシードを着た上高地に不安を訴え、大丈夫ですよという保証を求めた。

 だが上高地は悲しげに首を振った。

「ぜんぜん大丈夫じゃないです」

「なんでよ。私たち頑張ったじゃない」

「このままじゃパーティが終わるまで持ちそうにありません」

「持たなかったらどうなるの?」

「わかりません。最初から存在が無かったことになるのかもしれませんし、未顕現以上、顕現未満という霞のような存在として、世界と世界の隙間で永遠にあやふやに、時間の無い中に漂い続けることになるのかもしれません」

「なんとかしてよ」

「なんともなりません」

「じゃ、どうすればいいの? 私に何ができるの?」

「たぶんなんにもできないでしょう」

「爆弾はどうなったの?」

「どこかで爆発しますが、それは誰の目にも触れないでしょう」

「犯人は誰なの?」

「それは……それはもちろん僕ですけれど」

 上高地はほほえんだように見えたが、そのときダンスパーティの照明は落とされ、はっきりとは見えなかった。 

 でもぼんやりと私は彼の優しさを感じ、目の前にいるらしい、上高地の胸に顔を埋めた。

 そして切り詰められた自作自演の中、パーティ会場は折り畳まれて、闇の中に閉じられていく。

 そして全員が眠りにつく。

 また新たな周期が始まり、物事が新たな展開を始めるそのときまで、その人の優しさは、何もない暗闇の中に保存され、新たな出番を待ち続ける。