バーンアウト!我、燃え尽きてやる気なし!

先日、私はUNO SYNTHとMODO BASSとASCENSIONなる音源を手に入れた。

(UNO SYNTHについては、いまだ倍返しキャンペーンなる超お得なキャンペーンを継続中である。買うなら今だ)

これにより私は三つの音源、いわば三つの新しい楽器を手に入れたということになる。

これによって私の創作活動は大いに捗るかと思われた。

だがその逆の結果が生じた。

つまりDAWに向かう時間がほぼゼロと化すという非生産的な時間を最近は過ごしていた。

これはどういうことだろうか? どうしてずっと欲しかったDTMアイテムをとうとう買えたのに、DTMするやる気が無くなってしまったのか?

いや、実のところ、なんとなくこんなことになるのではないかという予感はあった。

なぜなら三つの新しい音源を買っても、それを使うには習熟コストがかかるからである。

新しい音源とは自分にとって初めて手にする楽器のようなものであり、それを使って音楽を作ることができるようになるには、その新しい楽器の使い方や、その楽器が出すことができる音について学ぶ必要があるのだ。

だが新しい学習の必要性を持ったアイテムを三つも買ってしまっため、私の学習機能は容量オーバーになって機能停止してしまったのだ。

だったら新しい音源はしばらく作曲に使わず、それについての学習をちょこちょこ影でするに留め、作曲作業は今までと同様の慣れ親しんだ装備でやったらいいじゃないか、という理性的な選択が頭に浮かぶ。

だがせっかく新しいものを買ったんだから早く使いたいのである。

しかし使うにはそれについて学習せねばならない。だが学習しようとするとその機能は容量オーバーで停止してしまい私は何もできなくなってしまうのである。

と、そんなジレンマによって私の作曲活動は停滞しているように思う。

でも、それはそれでいいんだ。

だって今までずっと欲しかったアイテムを三つもリーズナブルな価格で買えたのだから。

こんなにうれしいことはない。

そもそもDTMの主体はDAWや音源であり人間ではない。

DAWや音源がその中に潜在的に秘めている音楽を、人間がちょっと手助けして表に出す。そのような、木の中にいる仏像を取り出す仏師のごとき存在のあり方が真のDTMerなのである。

つまり良いDAWや音源を所持している人間は、良い音楽をその中に潜在的に秘めている豊穣な可能性のプールをそのお宅に持っているのである。

その音楽の可能性のプールから頑張って音楽を取り出し、生み出すもよし。

そんな苦労をせず、ただその音源の持つ未顕現の可能性に思いを馳せながら、何もしないで日々を過ごすも良し。

どちらにせよ心豊かな毎日が過ごせるのは必定であり、それは私が三種の素晴らしい 音源を手に入れた結果である。今私は幸せに暮らしている。というわけでこれからもたくさんの良いDTMアイテムを買っていきたい。

次に欲しいのはAbleton Liveユーザーの必需品と呼ばれている、Ableton Push2だ!

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