トキワ来たれり! マジおもしろい

今日は「トキワ来たれり!」というマンガを紹介します。

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これは先日紹介した「史上最強の弟子ケンイチ」の松江名俊さんの作品である。ケンイチが終わった後に少年サンデーにて連載された。

SFバトルマンガで。特筆すべき魅力はヒロインのかわいさである。ヒロイン、りいんの造形と性格がとても可愛く、一読して大好きになってしまった。他のキャラも魅力的である。

あと五十巻ぐらい彼らの日常を見たかったが、作品はすでに完結してしまった。だが綺麗な終わり方だったので読後感は満足である。

敵の親玉は異次元から来る神的存在であり、それは映画、ドクター・ストレンジに出てきた、異次元に住む邪神のような存在だ。そういった異次元的存在に対して、主人公たちも、この世の道理を越えた異次元的力を持って立ち向かう。この対立構造にはSFバトルものに普遍的なものである。

私はここに調性の崩壊への恐れと、未知の自由さへのあこがれという、対立する二つの感情が生み出す葛藤を読みとる。

異次元的力とは、それを使えば何でもありになってしまう力であり、それは時間と空間を越える性質を持つために、従来の物語のあらゆるストーリーラインを破壊する性質を持つ。だからそういった力が無制限に物語の舞台に流入することは、物語世界に完全なる混沌をもたらすことになる。そうなったら、あとにはホワイトノイズだけが残されるだろう。

一方で、異次元的力が全く存在しない世界は退屈でつまらない。それはいわば、ドミナントモーションに支配された古い歌謡曲的世界に閉じこめられるようなものだ。その中では過去が未来を生み出し、カルマは確実に回収され、人の運命は予定調和の外に出ることができない。

ということで人は退屈をいやがり、異次元的自由にあこがれながらも、ふとかいまみえる無重力的な自由さの予感に対しては恐れを抱き、それを邪神として象徴化しては、それと戦って日常を守るという矛盾した空想を繰り返す。

そのような人間の普遍的な心の動きが、SFバトルストーリーにはよく形象化されていることがあり、「トキワ来たれり!」もそのような構造を持ったストーリーのひとつである。本作品の中で邪神は退けられ、世界には日常が戻る。

ところで異次元性の象徴として、邪神の他に、美少女というシンボルがよく物語内で用いられることがある。美少女、それは日常の中に何か新しいものを吹き込んでくれる存在という意味において、現在の世界を崩壊させる邪神とほぼ同等の意味合いを持っている。

ただ邪神は攻撃的な性質を持っている一方で、美少女は保護的な優しい性質を持っていることが多い。この両者は異次元性の光と闇、裏と表を司る表裏一体のものである。それらはどちらも我々に時間を超えたものへのあこがれの感情を呼び起こす。

物語の中に繰り返し描かれる美少女と邪神は、読書を通じて我々の日常の中に流入しつつある異次元的エネルギーそのものである。そのエネルギーを吸収したくて私は漫画を読んでいる。

「トキワ来たれり!」の中にはそのような新鮮な異次元的エネルギーがふんだんにあふれており、それを読むことはフレッシュな心の栄養を摂ることである。

それによって私の精神はより健康になり、何か新しいことが起こるに違いない、今日よりも面白い明日への希望が湧いてくるのである。
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