夜の公園のベンチに座った俺は、ポケットからタバコを取り出そうとした。

 ベンチの近くには動物を模した遊具が設置されていた。それは錆びており虚ろに死んでいるように見える。

 静かな住宅街の中にあるこの公園に、人影は俺以外に無い。

 ポケットにも何も入っていない。

 俺の手は空中で止まった。

「…………」

 俺がこの公園のある町を去り、すでに十年以上の歳月が流れている。煙草もずっと昔にやめている。

 だが久しぶりにこの町を再訪し、この古びたベンチに腰を下ろしたその瞬間に、当時の気分が蘇り、無意識的に手はタバコを探してしまう。

 そんな習慣が脳神経の奥深くに形成されるほどに、俺はあのころ、数えきれないほどの煙草を吸っては靴底で踏み消していた。錆びて朽ちつつあるキリンとゾウの遊具に囲まれたこのベンチで、苛立ちと不安と焦りとともに。

「…………」

 今、俺は煙草を吸う代わりに、少し顔を空に向け、夜空に浮かぶ月を見上げながら深呼吸をした。

 五月の少し肌寒い夜だった。

 空気は俺の肺を満たし、俺の中の、何かよくわからない何かを満たした。それはもしかしたら『青春』や、『思い出』や、『時代』や、そういった言葉で表されるような、何かだったかもしれない。

 その何か、俺の中の心の何かに、夜の空気は染み渡ってゆき、それを吐き出すときには、いろいろな感情が俺の中から湧いてくるのを俺は感じた。

 いろいろな感情。

 それは二年前、三年前、四年前にこの公園に来た時と同じように、悲しみの感情だった。悲しみの感情が湧いてくると共に、やはり俺の目には少し涙が滲んだ。

 具体的に何が悲しいのかはわからなかった。

 様々な喪失がこの場所、この土地を起点として、その後の俺にあったように思うが、どの喪失体験が悲しくて自分が涙を浮かべているのかはわからない。

 泣くのはいいことだ。

 心と身体の健康にとって。

 俺はベンチに座ってタバコを吸う代わりに、しみじみと涙を滲ませ悲しい気持ちを味わっていた。

 そんな折である。

 驚くべきことが起きたのはそんな折である。

 大学時代に過ごした土地に訪れて、大学時代に孤独な時間を過ごしたこの公園のベンチで過去を懐かしみ、いまだ未消化で癒やされていない悲しみや喪失の感覚をしみじみと感じそれを消化する。

 そんな年に一度の儀式を俺が行なっていたこの夜、想像を超えたことが俺の身に降り掛かったのであった。

 まず、俺の涙がふいに止まった。

 そして、涙が止まり、この胸の中には、もう何の悲しみの感情も残っていないと俺が気づいたとき、それが始まった。

 毎年毎年、この思い出の公園にやってきては、過去の感傷に浸るという儀式を続けてきた、それが功を奏したのだろうか?

 この年のこの儀式を始めてわずか三十分程で、俺の涙は前触れ無く止まり、それとともに、どれだけ胸の中を探しても、つい先程までそこに渦巻いていた苦しい感覚、様々なものを失った悲しさや、沢山の人々と別れた切なさや、多くの機会と時間をロストした喪失感、その他さまざまな罪悪感や、それ以外にももっと悪質でアグレッシブなものとして実は心の底にコールタールのように淀んで潜んでいた、怒りや憎しみや妬みや憤りの感情などなどが、もうどこを探しても、一欠片も見つからないことに俺は気づいたのだった。

 どうやら、毎年、この公園に来て、このベンチで一人で泣いたり、嘆いたり、その後に怒ったりという、感情を吹き出させ、それを消化する儀式を続けているうちに、ついにそれら過去に起因するあらゆるネガティブな感情が、完全に消化されきってしまったらしい。

 まさにそれは六年前、コンビニで読んだ雑誌に書かれていた『心のデトックス・あの闇の土地へのセンチメンタル・ジャーニー』という記事に書かれていた成り行きそのものだった。

『数年間、このセンチメンタル・ジャーニーを続けていると、いずれ完全に、その土地で暮らしていた過去にまつわる心の解毒、デトックスが完了します』

 そして、そのようにしてデトックスを完了したものは、ついに、アレを、得ることができる、そう、あのコンビニ雑誌の記事には書かれていたのを俺は思い出し、強烈なワクワク感が心の中に沸き上がってくるのを感じた。

 しかし、アレ、そんなものがまさか現実に起こるはずはないだろうと、デトックス完了後の一切の曇りの無い心の中で、俺はこの後に起こるかもしれない、とてつもない凄いことの予感を予め否定していた。

 しかし俺はそのとき、このあと、一分後にでも、とてつもない凄いことが起こるぞという予感に包まれており、それはどれだけ否定しようとも、実感として、明らかにこのあと、何か凄いことが現実的に起こると思われてならない、極めて強い感覚として俺の胸の中に熱い炎のように沸き上がっていた。

 なぜならあのコンビニ雑誌にはこう書いてあったからだ。

『センチメンタル・ジャーニーを繰り返し、その土地、その過去にまつわる、心の中のネガティブな感情をすべて浄化したとき、あなたとその土地、その過去との関係は、反転します。毒が裏返るのです。つまり今まで、あなたにとって、その土地は忌まわしい喪失の土地であり、あなたの人生のその一時期は、失敗に次ぐ失敗、機械喪失に継ぐ喪失、せっかくの青春の、ドブへの放棄、せっかくの素晴らしい様々なフラグの意識的、無意識的なへし折りの連続といった言葉で表さざるを得ない闇の一時期であったかもしれません。だがそれでも、あなたはあなたの過去を、完全に癒やし、浄化することができるのです。そして過去の浄化をやり遂げたあなたにとって、あなたのその過去は、そのとき宝の山となり、宝の山へと続く扉がそのとき開放されるのです』と書かれていた。

 それにしても宝の山とは何のことだろうか。

 あのコンビニ雑誌にはこう書かれていた。

『その時期にあなたが願ったことすべてがその時空にストックされています。悲しみの感情によって重くフタをされていたそれらが、重いフタを取り外された時、炭酸が弾けるかのように、あなたの現実の中へとあふれ始めます。もしあなたがあの湿った布団の中で、毎晩、毎夜、自分が、異世界に召喚されて、そこで英雄になり、エルフと恋に落ちる夢を描いていたなら、それは今、あなたの人生に現実化を始めるのです』と、あのコンビニ雑誌には書かれていた。

 だが、それは本当だろうか。

 自分の思い出の土地へのセンチメンタル・ジャーニーを繰り返すことで、過去の記憶にまとわりついている様々な感情を、少しずつ消化することができる。

 そのような心の解毒効果、デトックス効果は、六年前にこの地に訪れた時、確かに強い実体験として味わうことができた。以来、この土地を訪れて、過去の感情を再体験しそれを消化するごとに、俺の日常生活には軽さと明るさと楽しさが増加していった。

 その確かな効力を感じた俺は、あの雑誌、『薄暗い人生を送ってきた大人のためのクオリティ・マガジン ~週刊アトランティス~』の五月号に掲載されていた特集記事、『あの闇の土地へのセンチメンタル・ジャーニー』の指示通りに、年に一度、この公園にやってくるという儀式を六年間も繰り返して来たのだった。

 だが、感情の浄化を完全に完了したあとに、『宝の山へと続く扉が開く』などということが本当に生じるのかどうかについては半信半疑だった。

 あの当時抱いていた妄想が現実のものになり始めるなどという事態が本当に生じるとは到底思えなかった。

 確かにあの当時、俺は雑誌記事に参考例として書かれていた人物とほぼ同じ生活をし、ほぼ同じ妄想を抱いていた。当時はそういう生活が全国的に流行っていたのかもしれない。

 異世界に召喚され、そこに住むエルフと恋に落ちるという妄想を、俺は毎晩毎晩、飽きること無く繰り返していた。

 あの雑誌の記事では、『心の浄化を終えたあと、過去に抱いていたすべての夢は、最高の形で現実化する』と書かれていた。だがそんなことが起るわけがないと俺の常識的な思考回路が俺に告げる。

 それでも現実は俺のそういった予想を遥かに超えて来るフェイズに入ったことが俺には確かな実感として今、感じられていた。あたかもカチリとスイッチが入る音が聞こえたかのように。

 今まで、現実は、俺の予想を下回るフェイズだった。俺の予想として、これぐらいの出来事が起こるであろうという感覚、それを現実はことごとく下回ってきた。あるいは、本当は、現実の方としては、俺に対して、もっといい様々なイベントを差し出そうとしていたのかもしれない。

 だが俺の手は閉じられており、それを受け取ることができなかった。俺は現実から何も受け取らず布団の中で妄想を続けた。

 この土地のあのアパートで、あの頃、俺は布団にくるまりながら、毎晩、つまらない、虚しい、恐ろしいことで一杯と感じられていた、あの現実生活から逃避し、ファンタジーな世界に行くことばかりを夢見ていた。

 エルフが住んでいる異世界に、魔法で召喚され、その土地でヒーローになり、エルフの娘と恋仲になるという妄想を、毎晩、あの湿った毛布に包まれながら、幾夜も、幾夜も重ねてきたのだ。

 当時、俺はコンビニで読んだ雑誌以外にも、本屋でこんな本を読んだことがある。

『思考は現実化する』というタイトルの本を立ち読みしたことがある。

 その本には、何度も強くイメージしたことは現実化する、と書かれていた。人間の心には現実を創造する力があると書かれていた。

 しかし俺はエルフの住む異世界に召喚されなかった。どれだけ毎晩、異世界に召喚されるという思考を繰り返しても、それは現実化されなかった。

 その代わりに、俺は現代の日本という国の中で、日本映画のような、どうでもいいことだけを経験した。

 普通の男女が恋愛するような、あるいは恋愛も何もしないような、挫折を繰り返しながら、ほんのちょっとのどうでもいい教訓を得るような、ロボットも何も出てこない、宇宙船も、他の恒星系も出てこない、つまらなすぎる、無意味すぎる人生の中で、ただ悲しいことや嫌なことだけを味わい続けていた。

 だから俺の心の中には嫌なものだけが積もっていた。ゴミのように。

 だがそのゴミはもう全部、涙になって流れていった。

 今、俺の心の中はこの月夜のように冴え渡っている。

 今、俺の心の中では、この月夜の月が、太陽の発した光を反射して輝いているように、過去の俺があの湿った布団の中で願い続けた、あのピュアな美しい夢だけが煌めいている。

 エルフの世界に召喚される夢。

 あるいはそこら辺を歩いていると異性が俺のことを好きになるという夢。

 あるいは近所に人間の生命力を吸い取らなければ生きていけない吸精鬼という種族の姉妹が住んでおり、彼女らと俺がひょんなことから仲良くなるという夢。

 一見、これらはどれもピュアな夢どころか、非情に気持ちの悪い、むしろそれが叶ったら人をダメにする、腐敗した夢のように思えるかもしれない。

 だがこういった夢こそが俺にとっては純粋な美しい夢である。なぜそれが純粋な夢かというと、それは純粋な夢だからである。

 確かなこととしては、これらが本当に現実化したら、それは俺にとってとてつもなく面白いであろうということだ。そして今、俺は本当に、そういうことが何の前触れもなく、起こることは、十分に有り得る事態であると感じているということだ。

 だからきっと、それはもうすぐ起こる。

 さきほどまで俺を満たしていた悲しみの感情の代わりに、今すぐ面白いことが起こりそうな予感が俺の足先から頭までを満たし貫いていた。

 その予感は一呼吸ごとに深まり、倍々に高まっていった。

 その予感は熱を持ち、俺の心の中で回転し、外へ外へと広がり始めた。

 それはいつしか高速で回転し、途切れることのない澄んだ音を発し始めていた。

 そのとき隣町の公園でも俺のような男がやはりその音を発していた。

 そのさらに隣の公園で、もう一つ隣の公園で、隣の県で、隣の国で、男たちが、あるいは女達が、何かが起こりそうな予感が心の中で回転し発する音を奏でていた。その音は共鳴し合い、全地球を覆っていった。そんなヴィジョンがふと脳裏をよぎった。それとともに今、地球の物理法則が変わり始めるのを俺は感じた。

 何の前触れもなく、都合の良い、何か良いことが現実的に起こる。それこそが自然の摂理である。何の前触れもなく、この宇宙が存在していることと同様に、それは当たり前のことだったのである。

 これからは、何の前触れもなく、何かいいことが起こり、そのいいことは、ただプラスされ、その後に何かが引かれることもなくなる。

 等価交換の法則、それは無限贈与の法則によって取って代わられる。

 無限贈与の法則、それは無限に良いことが何の引き換えもなしに与えられ続けるという法則である。今までのような、得るためには何かを失わねばならず、そうやって得たものも、いずれ失われねばならないという法則は忘れ去られる。

 そのようにこの時空間のルールが変わるための、あらゆる準備、それはすでに整っていることを俺は感覚として理解した。

 だがまだ最後のひと押しが必要なのだった。それを俺は思い出す。あのコンビニ雑誌にはこう書かれていた。

『最後のひと押し、それはあなたの許可です。あなたの人生に、エルフが、吸精鬼が、そういった類のものが、今のあなたにふさわしい形で、本当に現れることを許可して下さい。過去あなたが願ったものの中で、今のあなたに喜びを与えるすべてのものが、本当に、今のあなたの人生の中に、物理的に現れ出ることを許可して下さい。その許可によって、それは本当に、宇宙の法則すら根本から変え、あなたの人生の中に速やかに出現を始めます』

 俺はゆっくりと深呼吸をし、それから、口頭で、こう唱えた。

「許可します。俺の夢が現実になることを」

 そのとき公園の向こうから、生命力を取り戻したゾウとキリンの遊具の合間を縫って、誰かが歩いてくるのが見えた。

 少女だ。

 見たことのない未来的な色合いの衣服を着ており、月明かりに浮かぶそのシルエットは美しく、その耳は尖っている。

 その少女はベンチに座る俺の目の前まで来ると、足を止めてこう言った。

「やっと会えましたね。とうとう心の扉を開けて、私たちを受け入れてくれたのですね。私たちはもう二度とあなたを離しません。この五次元グリッドワークの中、あらゆる可能性が瞬時に現実化するこの可能性のプールの中で永遠に遊び続ける私たちは、大切な遊び友達の愛しいあなたを、もう絶対に、二度と失ったりしません。おかえりなさい」

「ただいま!」

 開け放たれた扉から入ってくるあまたの友達に導かれて俺は故郷へと戻った。俺の大切な故郷へと。