このホームページ、「オナ禁」というキーワードで検索してくる人がやたら多い。(本ホームページは面白い小説と新世代瞑想の研究&発表のページです)それだけ「オナ禁」というものに関心を持つ人が多いのだろう。

オナ禁という言葉にはカッコ悪いイメージを若干、感じてしまうが、しかしその実態は「自分の性エネルギーを、自分の人生の向上のために使えるようにしよう」という極めて重要で真摯な目的を持った行為であると思う。

だからオナ禁をしている人、またこれから始めてみようとする人に対しては、私は最大限の敬意と応援を心から送る。

それは自分の内面にある自分のエネルギーを、他者の支配から取り戻そうとする、本当に大切な試みである。それはまた、今後の日本社会を、あるいは世界を根底から作り変えていくほどの、しかしひと目には触れない地道で大切な、内なる仕事、インナーワークであると思う。

というわけで、オナ禁というものを効率よく進めていくためのいくつかの覚書を、ここにちょこっと書いておきたい。

まず「オナ禁」という言葉、これはすでに定着しているため変えようがないかもしれないが、ここで使われている「禁」という言葉には、「したいことを我慢する」という意味が含まれている。

ハッキリ言って「したいことをやめる」という枠組みでオナ禁を続ける限り、終わりの無い、永遠の我慢大会みたいな地獄絵図の中に自分を投げ込むことになってしまう。それは死ぬほど苦しい上に無益だ。

なので、その考え方、「何かを我慢して、その代わりに何かを得る」という考え方は採用しないほうがいい。そうではなくて、「自分の性エネルギー、そういった、自分自身の内から沸き上がるエネルギーを、自分の望むようにコントロールするための練習をする」というふうに考えを切り替えたらどうだろうか。

つまり「オナ禁」をするというより、「性エネルギーのコントロールの練習」をするという風に考え方を切り替えたらどうだろう。

そして、その「性エネルギーのコントロールの練習」の、具体的な実践法のひとつとして「オナ禁」なる修行法が存在していると考えればいい。

むろん、オナ禁をするだけでは、自分の性エネルギーをコントロールできるようにはならない。なぜなら我慢とは、確かに存在しているエネルギーの存在を無視し、その出口をただ塞ぐだけだからである。真のコントロールとは、エネルギーの流れる新たな回路、自分にとって望ましい回路を、自分の中に新たに創造するということなのである。

しかし、まず最初に、エネルギーの出口を、とにかく塞いでみるという練習をすること、それは確かに非常に効果的な練習である。古い回路を塞ぐことで、不安定であるが新しい回路にエネルギーが流れ始め、自分の世界に何かしらの変化も生じるはずである。だから一ヶ月なり、半年なりの、一定の期間の目標を立てて、オナ禁をすることは大いに薦められる修行である。

そして、オナ禁の練習によって、我慢することについてある程度の自信がついたら、その我慢の過程で養われた意志力、集中力を使って、今度は「無条件の愛」なるものを学んでみてはどうだろう。

無条件の愛、それなくしては、性エネルギーのコントロールは不可能だ。無条件の愛によって、自分の中にある、性にまつわる多種多様な、淀んだ思考回路、観念、記憶、感情を、浄化、変容していくことができる。それによって、性エネルギーの流れる新たな回路を創造することができるようになる。そして、自分の性エネルギーと自分自身の間に調和を生み出すことができるようになる。

無条件の愛、それを理解するには、何かを我慢するよりも繊細な作業を必要とする。それは自分自身への優しさを育むという繊細な作業を必要とする。だが結局は無条件の愛などというものは、本当はとても自然なエネルギーであり、最終的には誰もがそれを思い出すだろう。そしてその、愛を思い出し、そのエネルギーを自在に使えるようにするという作業も、何かしらのワークの実践という具体的な形に落としこむことが可能だ。

しかし無条件の愛を自分の中に目覚めさせるワーク、そして性エネルギーを自分のコントロール下に置き自分と調和させるワークの具体的全体像について書くだけの余白は本稿に残されていない。というわけでその件に関しては、おいおい、少しずつ、いつか書いてみたいと思う。


 

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