ひまわりを箱に詰めて出荷。
 ひまわりを箱に詰めて出荷。
 ひまわりを箱に詰めて出荷。
 そんな単調な時給1000円の仕事の中にも、リズムがあり、目では見えない重心移動のラインがある。そのラインに沿ってダンボールを移動することができれば体力消費は最小限に抑えられる。
 それは仕事が終わったあとの元気さに大きな影響を与える。
 だから心の目でその目に見えないラインを見ながら、僕はダンボールを巨大倉庫のチリひとつ落ちていない鋼鉄の床から持ち上げ、端の見えないベルトコンベアーに載せる。その作業を何千回も繰り返す。
 気の遠くなるような作業だが、今はこうして巨大なシステムの一部となって働くときだ。僕はあの冬の間、こたつで眠り続け、夢を見続けていたのだから。

 夏の日差しを吸い込んだひまわりは、いつまでも飾っておけるよう特殊な化学的処理を施された上で、箱に詰められ、世界の何処かに送り届けられるとは思っていなかっただろう。
 ひまわりには脳が無いから、そんなことは思うことはできなかっただろう。
 僕が箱詰め作業の間、そんな空想を思ってしまうのは、脳があるせいだろう。脳には空想能力がある。しかしそれはこの作業をこなすためには無用だし、むしろ邪魔なのだ。
 何も考えずに、ひまわりを箱に詰めて出荷。
 何も考えずに、ひまわりを箱に詰めて出荷。
「…………」
 だが、それは本当だろうか。
 もしかしたらこの脳に備わっている空想能力を使うことで、何か画期的な、作業の効率化が行えるなどということはないだろうか。
 よくスポーツ選手はイメージトレーニングをすることで、運動能力を飛躍的に向上させるという。僕がこのダンボールを床からベルトに載せる際に心の目で見る効率的な移動のラインも、そもそもよく考えて見れば、空想の産物だ。
 そしてその空想は、僕の体力消費を抑えるという大切な役に立っている。そう、すでに空想能力は僕のこの作業にとって無くてはならないものだったのだ。
 むしろ僕は空想能力をもっともっと発揮し、作業の効率化のために役立てるべきなのかもしれない。
 だがどんな空想をしたら、作業は効率化されるのだろう。
 ダンボールを移動させる際の仮想のラインを、より洗練させてみるという方向性がひとつある。
 よっこらしょ。
 よっこらしょ。
 というリズムで、今までであれば、滑らかな弧を描くように、床からベルトコンベアーまで、仮想上のラインが僕の心のスクリーンに描かれていた。
 そのラインを、より直線的なものに、わずかだがリファインしてみる。するとどうだろう。
 動きの余裕が減った代わりに、明らかに僕の上体の動作距離が縮んだ。余裕が減りすぎて、何度かダンボールをコンベアーのヘリに当ててしまうというミスを犯したが、ラインの長さを微調整することで、安定しながら省エネルギーの動作ができるようになった。
 僕はその後数時間、改良された自分の動きに満足しながら黙々と作業を続けた。
 しかしある時点で、僕は飽きた。
 再び自分の脳を疎ましく思い始めた。
 こんなものがあるからロボットになりきれないのだ。
 ロボットになれば、もっと楽に作業ができるはずなのに。
 ひまわりをダンボールに詰めて出荷。
 ひまわりをダンボールに詰めて出荷。
 ひまわりをダンボールに詰めて出荷。ひまわりをダンボールに詰めて出荷。ひまわりをダンボールに詰めて出荷。ひまわりをダンボールに詰めて出荷。ひまわりをダンボールに詰めて出荷。ひまわりをダンボールに詰めて出荷。ひまわりをダンボールに詰めて出荷。ひまわりをダンボールに詰めて出荷。ひまわりをダンボールに詰めて出荷。
「…………」
 だがそれは本当だろうか。
 空想能力が無い方が作業が捗る。
 それは本当だろうか。
 もしかしたら僕はまだ、空想能力の本当の力を使えてないだけではないだろうか。空想能力をこれまで肉体の効率的な動作のために使ってきたが、この能力には、それだけではない、もっと画期的な、今まで一度も考えたことのないような、斬新な使い方があるのではないだろうか。
 それは何かというと。
 わからない。
 この空想能力を何に活かせばいいのかというと。
 そんなことはわからない。
 誰か教えてくれればいいのに。
 脳に備わっている空想能力をどうやって作業に活かせばいいのか、誰かものしりな人が教えてくれたらいいのに。
 だがこの工場には僕以外、誰も居ないのだ。
 そして僕はものしりではないのだ。
 だからそんな人と話したかったら、その人を想像して、空想の中で話すしか無い。
 僕はそうしてみた。
「こんにちは。あの、あなた、ものしりな人ですか?」
「ええそうよ。あなたの空想によって作られたものしりな人よ」
「なんで喋り方が女っぽいんですか?」
「それはこうしないと、あなたが喋っているか、私が喋っているか区別がつかなくなって混乱するからよ」
「なるほど。それで、ものしりな人に質問なんですが」
「何かしら?」
「僕は一応、人間なんで脳があるんですよね」
「そのようね」
「で、人間の脳には大脳新皮質という部分があり、それがあるために、高度な空想能力を持っているらしいです」
「そのようね」
「ですが今、僕がやっているような機械的な仕事をするにあたっては、その高度な機能は邪魔で邪魔で仕方ないんです。僕はむしろ作業機械のように無心に仕事をしたいのに、脳が様々なことを考えたり空想したりして集中を邪魔するんです。だったらもう、発想を変えて、空想能力を意識的に使うことで逆に仕事の効率を上げることができるんじゃないかと思ったんですよね」
「そうなのね」
「でも、どんな風に空想能力を使ったら、仕事が効率的になるのかが、まったく思いつきません。だからあなたに教えて欲しいんです。この空想能力を、どんな風に使ったら、僕はこの仕事を効率よく、気持よく、ストレス無く、疲れが少なくやれるようになりますか?」
「そうね。よく聞いて。あなたが知りたいことを教えてあげる」
 僕は彼女の言葉に耳をすませた。

 彼女は講義をするように語り始めた。
「基本的に、空想それ自体によって物理的領域に即時的な変化を起こすことは、まだ難しいでしょう。でも空想はあなたの感情に対してなら、今この瞬間でもダイレクトな変化を起こす力を持っている。その力であなたはどのような感情でも創造できる。今、あなたはどんな感情を感じながらこの作業を続けていきたいのかしら」
「僕が感じたい感情は……」
 しばらく考えているとわかった。
「それはまるでひまわりになったような気分です。晴れやかな青い空の下に咲くひまわりが感じているような感情を僕は感じていたいです」
 彼女は後ろで組んでいた手を解くと、それを僕に差し伸ばした。
 その手には一輪の大きなひまわりが握られていた。
 僕はそれを受け取って胸の中にしまうと作業を続けた。
 いつまでも、いつまでも続く作業の中、僕が求める感情に応えるかのように、彼女は僕に様々な美しいものを寄越してくれた。それはいつしか倉庫内に満ち、その中でそれに包まれ、僕は作業を続けていく。