昨夜から降り始めた雪は今朝になってもまだ降り続けていた。二月の朝の空気は、スローモーションのように空から落ち続ける雪に満たされていた。風は無いのでふわふわの粉雪はゆっくりと、互いの間隔を保ちながら、上から下に静かに落ち、住宅街の道路に着地し、そこをよりいっそう白く覆っていった。しばらくすると少し雲の隙間から太陽が顔を出し、町と雪と彼女の視界を輝かせた。

 彼女の目は視力が良かった。空気の中の数万、数億の雪の結晶が見えた。その幾何学的な形をしたきらめきが、すーっと上から下に落ちていくところを見ていると飽きることがなかった。

 彼女は眩しい緑のコートを着て、電信柱によりかかり、缶コーヒーを飲んでいた。髪には雪が積もっていた。冷えた頬の色は少し赤くなっていた。その横顔は美しい少女のように見えたし、彼女自身、自分の外見を素晴らしい美少女だと思って、鏡を見るといつも誇らしく感じていた。

 しかし、美しい少女という彼女の外見、それは見かけだけの話だった。

 彼女はもともと狐だった。狐。狐とは山などに住んでいる動物のことである。そう……彼女はもともとは人間ではなく、狐だったのである。

 しかも一見、高校生か大学生ぐらいではないかと思われる彼女の年齢は、実は千歳を越えていた。千年間といえば、学校の日本史の授業でも、何ヶ月もかけて学習を要するほどの長い期間である。

 そんな長い間、彼女は何をしているのか? もともと狐なのに、頑張って人間になって千年。千年間も生きてきた。人間として生きるのは、もとは狐の彼女にとって、きわめて不自然なことであり、何かと疲れることが多い。

 それでも人間であり続けるのは、何故のことかといえば、当然、執着ゆえのことである。自然の道理をことごとく破り、元は狐なのに缶コーヒーも好きになったのは、ひとえに何かの強い執着があってのことである。

 とてつもなく強い何かの執着があってこそ、狐として生まれながら、人間になることができたのであり、千年間も生き続けてこられたのである。

 ではその執着とは何か?

 そして今、彼女は暖かい缶コーヒーの暖かさを人工毛皮の手袋越しに感じながら、住宅街の電信柱に寄りかかって雪を鑑賞しているのだが、それは何の意味があってのことなのか?

 そういった諸々の根本的な疑問に関して、彼女は答えるすべを持っていない。

 なぜなら彼女は元々は狐であり、人間に比べ、狐は記憶力が弱い。

 未だに彼女は物事を忘れがちだったし、目の前の綺麗なことやキラキラしていることに目を引かれて、ほかのことを忘れてしまいがちな性質を持っている。だから彼女はずっとそこで雪を見ていた。

 何かしなけりゃいけないことがあった気がする。

 学校に行かなきゃいけないんだっけ。

 宿題をしなくちゃいけないんだっけ。

 それとも他の、何か大事な、見つけださなければいけない秘密があったような気もしている。

 でも、しなくちゃいけないこと、それはポケットの中のiPhoneTODOリストにメモしてあるし、見つけなきゃいけない自分に関する大切な秘密、それはもしかしたら、目の前を流れていく数億の光の結晶の輝きの中に、もしかしたら、見つかるかもしれない。

 そう思い、また彼女は何もかもを忘れ続けて、目の前の冬の光景に見入り続ける。

 何分か前に缶コーヒーを手渡してくれた人が走って戻ってくるまで、その場所で、もう少しだけ。