俺はアイドルだ。二級の免許を持っている。俺の地方では二級の免許を持ってる奴はなかなかいない。事務所でも重宝がられている。

 アイドルは華やかな仕事だが、俺は結構、この仕事を気に入っている。ステージで歌い歓声を浴びることをそんなには苦にならない。誰かがやらなければいけない仕事なのだ。大きな目で見れば誰かの役に立っている仕事なのだ。できるだけプライドを持って続けていこうと思っている。

 だがある日、高い鉄塔の上にある俺の部屋に遊びに来ていた同僚のまさよが言った。

「もう無理。ぜったいに転職する」

「バカな。お前のグループ、『ホワイトシルバー』は今が書き入れ時じゃないか。お前が転職したらファンの精神エネルギーの向かう先が一つ無くなり、社会のエネルギー収支のバランスが乱れ、他のメンバーや会社やひいては人類に迷惑がかかるぞ」

「そんなこと言ったって、この仕事、辛すぎるよ。私、気づいちゃったんだ」

「何に?」

 まさよは「麻薬」「鎮痛剤」「一時しのぎ」などなどという物騒な単語を出して、もう絶対にアイドル活動を続けていくことはできないと俺に訴えた。

 どうやらその物騒な単語は、実際にまさよが麻薬に溺れているというわけではなく、彼女が置かれている状況についての、何かしらの哲学的、心理学的な比喩のために持ちだした言葉のようであったが、彼女が俺に訴え、伝えようとしている世界観の全体像を把握することは俺にとって危険であると思われた。なぜならそれを心に受け入れ、それを理解したとき、俺はまさよと同じような考え方をしてしまうだろうから。そうしたら俺までアイドルをやめてしまう。そうなったらぎりぎりのところで崩壊せずに安定していた俺の世界は崩壊してしまうに違いない。

 俺は心を閉ざし、「とにかく辞めるな。一時の気の迷いに流されるな。常識的に考えてみろ」と繰り返した。その壊れた機械のような説得はもちろんまさよの気持ちを動かすことはなかった。

「もう続けていくことはできないよ」

 こいつ、もしかしたら本当にやめるかもしれないな。

 説得を諦めた俺は、おもちを金網で焼いた。

 正月だった。

 おもちに海苔を巻き、醤油をつけて、まさよに渡した。

「ありがとう」

 まさよはそれを食べると「お父さんお母さんにも相談しなくちゃ」と言ってカツカツと塔を降り、東の方へと帰宅していった。

 俺は自室で少し寂しさを味わいながら、もう二枚、おもちを焼いて一人で食べた。

 *

 アイドルのライブは巨大な生き物だ。正月も過ぎた一月のある日、俺の属するアイドルグループはとある複合商業施設でライブコンサートしていた。

 俺の身振り手振りや歌にあわせて十数万のファンたちが一つの生き物のようにうねり叫び、ジャンプする。俺が歌っているのは新曲だ。この曲ひとつ取ってみても大勢の人が関わっているのがわかる。まずプロデューサーがコンセプトを考え、作曲家作詞家たちがそれを具体化し、たまには俺たち自身が作詞をし、それを俺たちが歌い、ファンが聴くという流れだ。ファンたちはグッズや光る棒を持っており、歌にあわせて特定の身振り手振りをする。

 俺は何曲かプログラムに従って歌い、ファンに対してマイクを通して感謝の言葉を伝えたあと、アドリブで話をした。

「今日は正月あけの一発目のライブということで、メンバーひとりひとり新年の抱負を語ってもらおうと思います」

 俺は二級なのでリーダーをしているのだ。リーダーなのでこんなふうに司会的なこともする。

「じゃあまずは山崎から」そう俺が言うと、山崎は笑顔で言った。

「今年は筋肉をつけることですね」

 ファンが笑った。

「じゃあ次はシュバルツ」そう俺が言うと、シュバルツは髪をかき上げて言った。

「今年はソロの方も頑張ってやってきたいですね」

 ファンは「がんばれー」と叫んだ。

「じゃあ次はぽんたん」そう俺が言うと、ぽんたんはくるりと一回転してから言った。

「今年は時空の流れを超越していきたいですね」

 ファンは笑った。

 その後、俺達は二曲歌ってステージ裏に消えた後、アンコールに応えて再びステージに上って定番の曲を歌い、最後に握手会をした。

 夜、十一時ごろ塔の上の自宅に帰宅した俺は、おもちで新しい料理ができないか、台所に立って考えた。

 基本、おもちというものは、焼いて食べるか、焼いて柔らかくなったものを何かに入れるかして食べるものだ。

 その基底部分、そこを変えていきたい。

 表面ではなく、根本的なルール、それを変えていきたい。

 今まで誰も考えたことのない画期的な食べ物がないかどうか。

 そういうことを考えると、仕事の疲れがとれていくことを俺は俺の操縦法として知っていた。

 そしてそういう根本的なことを考えるとたまに画期的なことが閃き、それはそれで人類の進歩のために役立つのだが、俺自身のために常に役立ってくれるのは、いつまで経っても何も新たなことを閃くことが出来ず、思考が堂々巡りのループにとらわれたときだ。

 そんなとき俺は心底リラックスして、肩の荷や心労、何もかも忘れて、目の前のことだけに意識を集中させることができる。一晩でも二晩でも、いくらでも、根本的なことを考えていられる。

 そうすると俺はだんだんやわらかくなり、心が優しくなっていく。そしていろいろなおもち調理の新案が心を右から左に横切って行く。

 たとえばそれは、おもちを叩く。

 あるいは、おもちを煮る。

 おもちを振る。

 おもちを投げる。

 おもちを切る。

 おもちを着る。

 着る?

 それは料理と関係ない。関係ない。

 だがそれは本当だろうか。おもちを着ることで得られる料理もあるのではないか? いいや、それは発想が飛躍しすぎだろう。おもちを料理するには基本、熱を加えなきゃいけない。おもちを着たところでおもちに与えられる熱はせいぜい俺の体温ぐらいだ。そんなものではおもちのでんぷんをアルファ化させて柔らかくすることはできない。

 そう、おもちの料理に必要なのは柔らかくさせることであり、そこは絶対にはずせない。だから着るはありえない、と、そう決めつけることはよくない。アイデア出しの初期段階においては、どれだけ無意味に感じられる思考の断片であっても否定せず流れ出るまま流しておくことが大事だ。そうすることによって高次の意識から日常の意識へ、上から下へと流れ来たるアイデアのフローが活性化されるのだ。

 だからおもちを着るという案は、まぁ絶対に不採用に違いないにしても、それを無碍に消去することはしない。台所に立つ俺は、「着る」という単語を、メモ機能やマインドマップ機能のついたフィンランド製スマートまな板のディスプレイに入力すると、それを呼び水として流れ始めたアイデアの断片すべてを、新たにスマートまな板の余白に打ち込んでいった。

 数時間が経過した。

 まな板の上には数千個のアイデアというか、アイデア以前の海のものとも山のものともつかない発想の断片がちりばめられていた。俺はそれらを人差し指でドラッグして、カオスの中から何かの構造が浮かび上がらないかどうか、グループ分けしていった。

 まず目に付いた単語群としては以下のものがあった。

「おもちを」

 いたわる

 いつくしむ

 憎む

 ほめる

 おもんじる

 俺はこの断片をグループにまとめ、それらに「感情グループ」という名前を付けた。

 次に目に付いたのは以下のものたちだった。

「おもちを」

 蹴る

 割る

 開く

 ひっぱたく

 つまむ

 俺はこの断片をドラッグしてひとつにまとめ、その集合に「暴力グループ」という名前をつけた。

 その次に目に付いたのは以下のものたちだった。

「おもちを」

 ああああああああ

 あああああああああああああああ

 うう

 うぐう

 うぐぅうぐぅ

 あああ

 俺はこの断片をドラッグして一つにまとめ、それらに「うめき」という名前を付けた。

 その次に目に付いた単語群としてあったのが以下のものたちだった。

「おもちを」

 性

 性愛

 愛

 撫でる

 さわる

 俺はこの断片をドラッグして一つのグループにまとめ、それらに「性愛グループ」というグループ名を付けた。

 その次に目に付いた単語たちは以下のようなものたちだった。

「おもちを」

 栗本薫

 シューマッハ

 ミヒャエル・エンデ

 俺はこれらに「尊敬する人」というグループ名を付けた。

 その次は

 あ

 う

 え

 お

 か

 き

 く

 け

 こ

 さ

 という断片群が目に付いた。

 俺はこれらをひとつにまとめ、これらに「ひらがな」というグループ名を付けた。

 次に目に付いたのが以下のものたちだった。

 し

 ご

 と

 や

 め

 た

 い

 俺はこれらをまとめ「無意識の叫び」というグループ名を付けた。

 それからそれについて真剣に考え始めた。

 金網で焼いたおもちを食べながら。

 しかし、「仕事辞めたい」、それはそれは笑ってしまう。なぜならそんなこと、それは言われなくったってそんなの昔から分かり切ってることだからだ。俺は仕事を選んだ。過去に。どうやってか? それは妥協だ。それは妥協で選んだのだ。俺は顔がよくて歌がうまくてスタイルがいい。だからだ。だから妥協して選んだのだ。この仕事を、アイドルを。

 それしかやれそうになかったから、俺にはそれしかやれそうになかったからこの仕事を選んだのだ。そんな風に選んだ仕事だから、いつも俺は思っている。もしかしたらもっと別の仕事、いわば天命によって俺に与えられた俺だけの天職、そういったものが俺の人生には隠れたカードのように隠されていて、俺がそれに目を向けて、それを勇気を出してひっくり返すことでそこに隠れていた宝がすべて俺のものになるのではないか。そしてずっと続いているこの胸の中、脳の中、喉の奥、目の裏、さまざまなところにこびりついている、俺という存在のあり方に関する違和感ががついに錆落としをかけられた錆のように取れ、自分が本当に生きていると実感できる日々がついに俺にも与えられるときがあるのではないかと、俺はずっと密かに憧れていた。

 だがその思いはすでに歌にしてしまっていた。

 それは俺のグループの代表曲『違和感』となっていた。

 今日もライブでアンコールのあとに俺は『違和感』を歌った。

 皆は俺の思いが具現化されたその歌に共感し感動した。

 だがその歌は共感を呼び、感動を呼び起こすことはあっても、何かしらの回答や変化を導き出す歌ではないのだった。

「違和感! 違和感! いぇいぇーいわかーん」と皆で歌えども、その違和感を解消するための治療薬はその歌の中に存在していなかった。むしろそれは違和感を治療するよりも、違和感を強化する作用を持った歌だったのかもしれない。俺の人生が固まってスタック状態に陥っているのは、そのせいだったのかもしれない。

 なぜなら、心理的、精神的、社会的病気への共感を呼ぶ歌、そんなものを毎日のように歌うという行動は、それの存在を肯定し、その存在を望んでいるも同じだからだ。だから、その状態、違和感状態が俺の人生の中で強化されてしまったのだ。

 まったく、なんていうことだろう。

 違和感がもたらす苦痛をやわらげようとして作った歌が、むしろその苦痛を強化してしまうことになっていたとは。しかもそのような悪影響は俺だけでなくファンにまで広がっている可能性がある。

 ここでついに俺は、「もう続けていくことはできないよ」という、まさよの言葉を理解した。

 そう……自分のしている仕事が、自他にとって何の利益ももたらさず、むしろ苦痛を強化しているばかりであると明晰に理解してしまったとき、人はその仕事を、今までと同じやり方で続けていくことなどできやしない。

 でも、ど、ど、ど、どうしよう?

 俺もまさよを見習ってこの仕事をキッパリ辞めるべきなのだろうか?

 いや、俺の能力はすべてアイドル活動のためにある。きっと生まれてくるときに、パラメータの配分を、すべてアイドル活動のために割り振ってきたのだ。だから本当は俺はずっとこの活動を続けていきたいと思っている。だがその能力を使って『違和感』を歌えば歌うほど、自他の生活の中に違和感が強化されていく。

「どうすればいいんだ……?」高速で思考を続ける俺は台所でスマートまな板を見つめながら呟いた。

 そのときだった。

 ふいに俺の中に一つの明確なアイデアが訪れた。

 それは以下のようなアイデアだった。

『苦痛への共感を呼ぶ歌ではなく、ダイレクトに状況に変化を呼び起こし、それを変え、それを癒やす歌を創り、それを歌うことが俺にはできる』

 俺はそのアイデアに突き動かされ、残りのおもちを食べるのも忘れ、スマートまな板に新しい歌の歌詞を入力していった。

 その歌詞、それは何かの状態を変えるための方法を提示している歌詞だった。

 その方法を使えば、あらゆる停滞した状態を変えることができる、そんな歌詞だった。

 俺はアイドル二級の免許を持っているので、「抽象化した歌詞を書く」というスキルを持っていた。そのスキルを駆使して新たなる歌の歌詞を書いていった。

 まず、ここに何かの変えたい状況があるとする。

 その変えたい状況の内容、俺で言えば「仕事と人生」というものを、抽象化して、Aという記号で表す。

 そのAという記号を使って歌詞を書けばこのようになる。

「A! A! エース! エース! ダブルエース!」

 このように、書きたいことを抽象化、シンボル化することで、歯切れがよく、かつ、シンプルで、誰の耳にも入りやすい歌にすることができる。

 このように、アイドルにとって「抽象化した歌詞を書く」というスキルは無くてはならないものであり、だからこそ二級の試験ではよくここが長文問題として出題される。

 そこをしっかりとマスターしていた俺は、そのスキルをしっかり使って、自分が書きたい歌詞を思うがままに書くことができるというわけであった。

 だがプロのアイドルたるもの、自分が抱えている心の問題だけに焦点を当ててはいけないのであり、むしろ「ファンたちの抱えている問題」にこそ大きな焦点を当てるべきであった。

 また、そのように提示された自他の問題、それをダイレクトに変えるための方法を直接的に歌詞の中に提示するというのが、この歌のメインテーマだった。

 それゆえ俺は自分の葛藤をクリアに提示したことだけに決して満足せず、その先へと進んだ。

 俺は『ファンたちが変えたいと思っている状況、すなわちファンがそれぞれ胸の奥に抱えているありとあらゆる問題』を抽象化してBという記号で表すことにした。

 その「B」および、これまでに登場した記号であるところの「A」を用い、俺は歌詞の続きを書いていった。

 それは以下のようになった。

「A! A! B! B! ときめきのAとB! AからBそしてAからB!」

 これによって俺は歌の中に、俺とファンの抱えているあらゆる問題を表現することが出来たのであった。

 しかし俺は知っていた。

 ファンというものは常に増大するものであるから、今現在のファンだけに向けた詩を書くのではなく、むしろ全人類に向けた詩を書くべきであると。しかもその人類という概念は常に拡張する可能性を秘めている。将来的には知能を持った動物やロボットや地球外の存在も『人類』という概念の範疇に収まる可能性がある。

 そこで俺は人類およびありとあらゆる意識存在の抱えている問題を『C』という記号で表すことにし、それをこれまでに登場した『A』および『B』と併せて用いて、さらに歌詞の続きを書いていった。

 それは以下のようになった。

「A! A! B! B! ABC! 初めてのABC! はじめてのエービーシー! ダブルエービーシー! トリプルエービーシー! ジャンピングエービーシー! エービーシーレモン! エービーシーレモン!」

 この歌詞により、俺自身とこの歌を聴くであろうファンと、いつか将来、この宇宙が存続する間にこの歌を聴くすべての意識存在が心に抱える悩みや問題を詩に明確に表現することができた。

 そしてここでついに、詩はあらたなステージに入ることになる。AメロBメロが終わり、とうとうこれからサビの部分に入っていくことになる。

 ここからが本題だ。

 これまでの段で見事に表現された、ありとあらゆる存在の抱えるあらゆる問題、それらに対して、ダイレクトに変化、解決をもたらすための究極的方法が、ついに歌詞として提示される段に入ったのであった。

 その究極的な方法をリサーチするため、俺はアイドル活動をぽんたん達に任せ、ひとりエジプトへと飛んだ。自宅で一眠りした後、始発の電車に乗り、成田空港からカイロ行きの便に乗り、カイロからピラミッド行きの観光バスに乗り込み、ピラミッドの中で古代の人々の生活に思いを馳せた。

「レムリア、アトランティス、アヴァロン、か……」

 それから俺はアメリカの図書館に向かった。図書館で俺は本を調べ、いろいろなことを考え、そこらを歩いている大学生たちとディスカッションした。

 そして十年の年月が流れた。

 俺はあらゆる問題を解決する方法をついに発見した。

 その方法は原稿用紙にしてだいたい二十枚ぐらいで人に伝えることができたが、歌詞にするにはちょっと長すぎるので、俺はその方法を「愛」という記号で表すことにした。

 その記号と、今までに出てきた記号、すなわち、AとBとCを併せて用いることで、以下のように、歌詞の続きを書くことが出来た。

「愛・ラブ・ABC……I Love エービーシー……レモン……」

 新曲をひっさげての武道館でのライブは美しかった。

 その歌を歌ったことで俺の人生も代わり、ファンの人生も変わっていくことが感じられた。

 ライブのあと、舞台裏で駆け寄ってきたまさよが「よくやったね!」と、俺の肩をこんと叩いた。

 そして本当に日が暮れた頃には、俺たちは皆、「やってやったぜ! やりきったぜ!」という晴れやかな笑顔で家へと戻ってゆくのであった。